令和の日に入院した母の旅立ちから今日まで

令和元年5月1日に母が独居から緊急入院。令和5年6月20日に安らかな顔立ちで旅立ちました。コロナ前の施設探し、生活保護申請、コロナ禍での入居生活で感じたこと、反省点をこれからも大切な人を支え続ける人の参考になればと思いブログを続けてます

年末のご挨拶に今年も行きます

母とは、毎年春と冬に母方の両親の墓参りをするのがお決まりでした。
祖父母は私が幼少の頃に亡くなったので、母と二人で50年近く通っていることになります。本当は祖父母と親戚の2カ所だけなのですが、誰も参らないのは可哀想という理由で霊園内の無縁仏、集団埋葬など特に縁のない所にも必ず線香をあげていました。坂の上にある霊園は行くだけでも大変。参る墓も多く一日仕事になります。

母が若いころ、私がまだ学生のころ、電車とバスを乗り継いでの墓参りはちょっとした小旅行でした。母もすこぶるパワーがあり、たまにしか来ない街で買い物したり、外食したりするのが楽しかったです。

私が社会人になって車で連れて行けるようになったころ、母は年齢からの膝痛がひどかったので移動はもっぱら車でした。車なので行動範囲が広がり、神戸~大阪~神戸と移動しながら馴染みの和食レストランで食べて帰るのがパターン。母の行動範囲も狭まってきた頃で、車でのドライブは息抜きとして本当に楽しそうでした。

年齢が80半ばになったころ、墓参りに対して母は消極的になりました。歩行困難も出始めましたが、外出・外食できる楽しみに負けて(?)何とかついてきました。それでも車から降りることはなく「代わりに線香をあげてきて」と車中で待機。本人に言わせると車中で手を合わせてたそう。

90台の施設入居前では、ついに私だけの墓参りになりました。認知症が進んでいる状況下でも「今年も墓参りに行ってきたよ」と伝えると涙ぐんだり、パッと笑顔で「ありがとう。ありがとう!」と答えていました。

今は両親と3人で安らかにいるお墓に、来月もこれからも行ってきます。